大阪地方裁判所 平成2年(行ウ)16号 判決 1995年12月15日
原告
松浦米子
外九名
右一〇名訴訟代理人弁護士
辻公雄
同
井上元
同
小田耕平
同
吉川法生
同
脇山拓
同
秋田仁志
同
斎藤真行
同
阪口徳雄
同
岩城裕
同
青木圭史
右辻公雄、井上元、秋田仁志訴訟復代理人弁護士
峯本耕治
右辻公雄、井上元訴訟復代理人弁護士
赤津加奈美
同
加藤高志
同
雪田樹理
同
村田浩治
右井上元訴訟復代理人弁護士
三嶋周治
同
内藤秀文
同
岸本寛成
被告
西尾正也
同
春山良一
右両名訴訟代理人弁護士
中山晴久
同
夏住要一郎
同
鳥山半六
同
阿多博文
右中山晴久訴訟復代理人弁護士
岩本安昭
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 主位的請求
被告らは大阪市に対し、各自金一三七八万五二〇〇円及びこれに対する平成二年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 予備的請求
被告らは大阪市に対し、各自金一一〇二万八一六〇円及びこれに対する平成二年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、大阪市の住民である原告らが、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、大阪市が同市の職員であった被告春山に対し退職手当一三七八万五二〇〇円を支給したことにつき、大阪市長である被告西尾に対しては、被告春山の依願退職を承認したことが違法であるから、損害賠償請求として、被告春山に対しては退職手当の支給を受けられないのにこれを受給したのは不当利得に当たるから、その返還請求として右退職手当及び右退職手当が支給された平成二年三月九日の翌日からの遅延損害金の支払を求め、また右依願退職を承認したことが違法でないとしても、予備的に、退職手当は減額されて支給されるべきであったのにこれをしなかった違法があるとして、被告らに対しその限度額を超える一一〇二万八一六〇円につき、右同様の支払を求めた住民訴訟である。
一 前提事実(争いのない事実)
1 当事者
原告らは大阪市の住民である。
被告西尾は大阪市の市長である。
被告春山は、昭和三六年四月一日大阪市に採用され、昭和六三年四月総務局長になり、平成元年一二月一八日大阪市を依願退職した者である。
2 退職手当の支給
被告西尾は、大阪市長として、平成元年一二月一八日被告春山の依願退職の申出を承認し(以下「本件処分」という。)平成二年三月九日被告春山に対し、職員の退職手当に関する条例二条に基づき給料月額五七万二〇〇〇円に勤続二九年の普通退職の場合の支給率である24.1を乗じた一三七八万五二〇〇円を退職手当として支給した。
3 監査請求
原告らは、平成二年一月九日、大阪市の監査委員に対し被告春山に対する退職手当の支出をしないように大阪市長に勧告することを求める監査請求を行ったが、監査委員会は、平成二年三月七日付けで、原告らに対し、右勧告を行わない旨の通知をした。
二 原告らの主張
1 被告春山は、大阪市総務局長在職当時次の職務違反行為をした。
(一) 公費による私的飲食
被告春山は大阪北新地にあるクラブ「荒木」「銀」「シルクロード」等で私的な飲食をし、その代金を大阪市の食糧費から支出させた。
(二) プール金による私的飲食
大阪市財政局財政課庶務係長であった夏川二郎は、平成元年三月ころ、当時被告春山が通っていたクラブ「銀」及び「荒木」に対する今後の被告春山の飲食代金を大阪市から詐取して同クラブにプールすることを考え、大阪市に対して架空の飲食代金請求書を提出して食糧費からクラブ「銀」に約八〇万円、同「荒木」に約五〇万円をそれぞれ振り込ませ、被告春山はこのことを知りながらこれを利用して私的飲食をした。
(三) ゴルフ費用の公費負担
被告春山は、昭和六三年二月二一日から平成元年九月一四日までの間少なくとも六回にわたって、大阪市建設局管理部職員課長であった秋村甲三や夏川が幹事を勤める私的なゴルフコンペに参加し、ゴルフのプレー代やゴルフ場での飲食代などの費用やゴルフ場と自宅との往復のタクシー代金を秋村が財団法人大阪市土木技術協会(以下「本件協会」という。)につけ回していることを認識していながら、その支払をしなかった。
(四) 大阪市職員共済組合等における不正な経理操作について
被告春山は、大阪市総務局内に事務所のある大阪市職員共済組合、大阪市職員互助組合、大阪市健康保険組合の事務を管理、監督する立場にありながら、右共済組合が全国共済組合連合会の運営している全国各地の宿泊施設や契約旅館に職員が出張していないにもかかわらず、出張したことにして出張費をプールしたり、これらの施設の資料を無料で取り寄せながら資料代を払ったことにしてこれをプールしていたこと、右互助組合がプロ野球観戦の斡旋にあたり試合が雨で中止になり代金が払い戻しになるとその一部を会計に戻さずプールしていたこと、右健康保険組合が職員に斡旋する家庭用常備薬の購入価格を実際より高かったことにして購入しその差額を得てこれを保管し、大阪市総務局はこれらの金員(年間各四〇万円)を新聞購入代金、市会議員から依頼を受けた入場券類、政策パンフレットの購入や募金にあてたほか、総務局幹部の行う接待費に使っていたことを知っていながら放置し、又は監督義務を怠って知らなかったものである。
2 被告西尾の不法行為
(一) 被告西尾は、本件処分前に新聞報道により、被告春山に右職務違反行為があることを知っていた。また仮に被告西尾が知らなかったとしても、被告西尾には容易に知り得たにもかかわらず調査義務を尽くさなかった過失がある。
(二) 被告西尾は、被告春山の右職務違反行為が懲戒免職(この場合は職員の退職手当に関する条例一〇条により退職金が支給されない。)に相当する行為であるにもかかわらず、被告春山を懲戒免職処分にすることなく、本件処分を行ったのであるから、本件処分は裁量権の逸脱又は濫用に当たる違法な行為である。
仮に本件処分が裁量権の逸脱又は濫用に当たらないとしても、被告春山は、右職務違反行為があったことを理由に、被告西尾から勧奨を受けて退職したのである。ところで職員の退職手当に関する条例五条には、在職中職務違反行為があった者の退職手当は市長の定める基準により減額して支給することができる旨定め、同条例施行規則五条の二第二号には右市長の定める基準について職務違反行為があって勧奨を受けて退職した者の退職手当の額については一〇〇分の二〇から一〇〇分の八〇までの範囲内の割合を乗じて得た額と定められている。そうであれば、被告春山の職務違反行為の内容からして、被告西尾は被告春山の退職手当を一〇〇分の二〇に限って支給すべきであった。しかるに被告西尾は全額を支給する旨裁定しており、右裁定は一〇〇分の二〇を超える部分について裁量権を逸脱しているので違法である。
3 被告春山の不当利得
本件処分及び被告春山に対する退職手当の支給は違法であるから、被告春山は法律上の原因なくして退職手当の支給を受けた。
三 被告らの主張
1 被告春山の職務違反行為について
(一) 被告春山は、大阪北新地にあるクラブ「荒木」「銀」「シルクロード」で私的な飲食をしたことがあるが、その代金は自らあるいは同行した他の者が支払っており、大阪市から支払われたことはない。また被告春山は、大阪市総務局長の職責上、外部の者との接触をもつ機会も多く、その会合場所として「銀」を利用することはあったが、これらの費用は公務に基づく費用として大阪市が支払っている。
(二) また夏川が被告春山の飲食代金の支払のために資金をプールしたことはなく、被告春山がこれに加担したこともない。
(三) 更に、被告春山は、秋村に誘われて職員の親睦ゴルフコンペに参加したことはあるが、その参加費用として二万円を秋村に支払い、またゴルフ場との往復のタクシー代金は被告春山や同乗者が支払っており、本件協会に支払わせていたことはない。
(四) 大阪市職員共済組合において原告ら主張の如く虚偽の出張名目による出張費や資料代名目によって金員をプールしたことはない。なお大阪市職員互助組合においては、野球内野指定席券の払い戻しを受けた際、その一部を保管していたこと、大阪市健康保険組合において家庭常備薬を組合員に斡旋するにあたり、納入業者からの提示価格に一〇円未満の端数があるときはこれを一〇円に切り上げた価格を組合員に対する斡旋価格としてその剰余金を保管していたことはある。ところで、右各組合は、その事務室が大阪市総務局の事務室内にあったことから、総務局の庶務担当者に対し、各組合に共通する情報収集等を行うことを依頼して効率を図るとともに、新聞等の購入や寄付等の共通する関係費用については各組合が預託して負担することとして経済的事務処理を行うこととしていた。そこで右保管された金員は、この費用負担として充当され、健康保険組合の剰余金は組合員に薬品を配布する際に生じる破損等の取り替え費用に当てられたものである。
なお、被告春山は大阪市職員共済組合の理事長職務代理者、大阪市職員互助組合及び大阪市健康保険組合の各理事長であったが、これら組合の経理事務は事務局長ないし常任理事によって専決処理されており、被告春山は経理内容を知る立場にはなかった。
2 被告西尾は、平成元年一一月二九日以降、被告春山らにかかる公金不正支出に関する新聞記事が掲載されたので、大多一雄、大浦英男の各助役を通じて新聞記事の内容について、被告春山を含め新聞記事に名前が掲載された関係者から事情聴取を行い、また室力松総務局人事部長に指示して調査を行ったが、被告春山に原告主張の職務違反行為は認められなかった。こうした中、被告西尾は、平成元年一二月一七日、被告春山から、夏川による公金詐取等幹部職員による一連の不正行為により市政に対する市民の不審を招いたことについて人事の総括責任者として責任を痛感していること及び被告春山自身も新聞報道により疑惑を招いたことを理由として辞職の申出を受けた。被告西尾は、右申出に対し、被告春山に職務違反行為が認められないことや他方被告春山の過去の業績が顕著であったことから、退職する必要がないと考えたが被告春山の辞意が極めて固いので本人の申出を認めざるを得ず、これを翌一八日に承認し受理した。なおその際被告西尾は、被告春山に退職を勧奨したことはない。
そして退職手当の支給については、普通退職の場合、退職の発令後二か月後に支給する扱いであるが、原告らから支給差止の監査請求があったことから支給を見合わせ、その結果を待って退職手当を支給したものである。
以上のとおりであるから、被告西尾において、その調査を尽くしたうえで本件処分及び退職手当支給裁定を行なっており、そこには裁量権の逸脱ないし濫用はない。
第三 当裁判所の判断
一 被告春山の私的飲食について
1 被告春山は、大阪市の総務局長であったが(争いのない事実)その職務内容は行政関係と人事関係に別れ、行政関係では大阪市の機構、大都市問題の研究、指定都市間の調整を所管していたことから、国の機関である自治省や大蔵省との接触や陳情をはじめ、国会及び市会議員との応対等、外部の人との接触が特に多く、また人事関係についても、年金問題や勤務条件について各都市との連絡調整のため、福利厚生の場面では研修における外部の講師等の関係者との接触も多かった(被告春山、乙一号証)。
2 「荒木」での飲食について
(一) 原告らは、被告春山が昭和六二年七月二九日から平成元年八月三日までの間「荒木」において私的飲食を行い、大阪市に対し合計一八八万〇〇五四円を支払わせた旨主張し、甲第一〇七号証(荒木美代子の陳述書)は右主張に沿うものである。そこでまず被告春山の飲食の事実について検討する。甲第七〇号証の四ないし三九(春山宛の請求書)について検討するに、右請求書中被告春山の署名のない甲第七〇号証の五、六、八、一一、一三、一六、一八ないし二一、二三ないし三九については、被告春山の飲食にかかる請求書であるか否か不明といわざるを得ない。すなわち、飲食者がいわゆる付けで飲食する場合、誰が飲食したか、その請求先を明らかにするためにも、また後日の紛争を予防するためにも飲食者に署名を求めるのが通常であり、被告春山も「荒木」で飲食した際には署名していた旨供述するところである。この点について原告らは被告春山の供述において署名したことがないことを認めている旨を指摘するが、被告春山の供述は全体をみれば請求書に署名していたことを述べているのであって、一部に署名を忘れたこともあるとの供述をもって右の様にいうことはできない。そして、署名の必要性はむしろ「荒木」にとって強いものであること、被告春山から署名をもらうことが困難な状況にあったといった事情も見当たらないことからすると、「荒木」において被告春山の署名をもらわないことは不自然といわざるを得ない。この点について甲第一〇七号証では「荒木」の経営者である荒木は、右請求書は被告春山の飲食したものであり、被告春山から被告春山宛に請求書を送るように指示されたものである旨を述べているが、そうであればなおさら被告春山の署名が必要であり、右署名のない請求書をもって被告春山の飲食の事実を認めることはできない。したがって、昭和六二年八月七日、一一月一一日、一二月二二日、昭和六三年二月一二日、三月二三日、四月一日、四月一一日、四月二二日、五月二三日、六月四日、七月四日、七月二六日、九月二八日、一〇月一一日、一〇月三一日、一一月四日、一一月一五日、一二月一九日、平成元年二月一七日、三月四日、三月二八日、四月八日、五月一日、五月二二日、六月九日、七月二八日、八月三日の飲食について被告春山が飲食したものとは認めるに足りない。
次に甲第七〇号証の四、七、九、一〇、一二、一四、一五、一七、二二によれば、被告春山が昭和六二年七月二九日四万三〇七〇円、昭和六二年一二月四日二万三七九〇円、一二月二三日四万〇七八〇円、昭和六三年二月三日四万〇二九〇円、三月一八日二万〇八九〇円、三月二八日六万四三四〇円、三月三〇日二万一〇九〇円、四月八日二万一四九〇円を飲食したことが認められる。そこで右飲食が私的飲食にかかるものであるか否かについて検討する。甲第七〇号証の二、三(荒木の売掛帳)によると、被告春山に対する売掛金について、昭和六三年二月二二日に計一一万九三八〇円、同年一一月一四日に一七万九五三〇円、同年一一月一五日ころに七万七八八〇円がそれぞれ支払われており、その余の支払については具体的な記載がないが、そのすべての売掛金額の横に「済」と記載されているから、結局被告春山の「荒木」に対する飲食代金はすべて支払済であることが認められる。しかし右売掛帳自体からは、誰が右飲食代金を支払ったか不明であるところ、甲第九号証、一〇〇号証の二(別件刑事事件の供述調書)において、夏川は被告春山の私的な飲食代金を大阪市の食糧費から支払っていた旨供述していたが、右供述は抽象的で具体的な日時、金額が明らかでないうえ、夏川は当法廷ではこれを否定しており、また被告春山の供述によると「荒木」を私的な関係のみならず公務上でも利用したこと、また少なくともその飲食代金の一部を自ら支払っていたことが認められるから、仮に大阪市の食糧費から「荒木」に支払われた分があるとしても、必ずしも被告春山の私的飲食代であったとはいえず、甲第一〇七号証における荒木美代子の供述はにわかに採用することができない。
以上のとおりであるから、原告らの、被告春山が「荒木」において私的に飲食した代金を大阪市に支出させた旨の主張は理由がない。
(二) 次に原告らは、夏川が、大阪市の食糧費から被告春山が「荒木」で私的に飲食する際の代金支払のために予め約五〇万円を支出して「荒木」に預け、被告春山はそのような金員があることを知りながら「荒木」における私的飲食代金の支払をその金員の中から受けていた旨主張する。そこで検討するに甲第三六号証、第一〇六号証の二、五、六によると、当時財政局財務部財政課庶務係長であった夏川は、平成元年三月ころ、市長室の食糧費の予算が余ったことから、これを財政局をはじめ他の局の支払にあてるべく他の局の支払の有無を調査し支払にあてていたこと、この事務処理にあたっていた夏川の部下である高島進一郎は夏川から「荒木」の飲食代金についての支払命令書を渡され支出手続をすすめたこと、平成元年五月三一日高島の手続にかかる一二万七六〇〇円、一四万七九五〇円、一一万八八〇〇円、一一万七七〇〇円合計五一万二〇五〇円を含め一五一万三一一〇円が「荒木」に支払われたことが認められる。ところで甲第一〇〇号証の二、同第一一二号証(荒木美代子の陳述書)は、右原告らの主張に沿うものであり、これらによると夏川は、平成元年三月ころ、部下の高島を連れて「荒木」を訪れ、今後被告春山が私的に飲食した場合に備えて約五〇万円を預ける旨、また、そのための支出命令書の請求欄に判をもらいたいと述べて、その旨の支出命令書の請求欄に判をもらったというのである。しかし夏川は「荒木」にこれまで行ったことはなく知らない店であり(証人夏川二郎)、初対面の相手にそのような依頼をすること自体唐突であり、しかも被告春山との話が右のような内密の話であれば部下の高島を同行してそのような話をすることもまた不自然である。そして証人夏川は当法廷及び甲第一〇八号証においてそのような依頼をしたこと自体否定していることに照らすと、右甲第一〇〇号証の二及び同第一一二号証はにわかに信用できない。なお甲第一一二号証によれば、預けられた約五〇万円の金員については、その後の被告春山の飲食代金に充当されてしまったというのであるが、その充当された飲食の日時や代金額も特定されていないし、その精算がどのようにされたかも定かではない。こうしてみると、右五一万二〇五〇円の支払をもって原告ら主張のような預け金ということもできず他にこれを認めるに足りる証拠もない。ところで被告春山は、平成二年三月五日、「荒木」に四一万四三八八円の支払をしていることが認められるが(甲一〇六の4)、右支払は、被告春山が退職にあたってそれまでの未払い分の精算のため総務課長山手賢三に預けた五〇万円の中から、山手が支払った可能性もあり(被告春山)、右支払をもって原告らの主張を認めることもできない。
3 「銀」での飲食について
(一) 原告らは、被告春山が「銀」において昭和六三年から平成元年にかけて約四〇回私的に飲食し、その飲食代金約二〇〇万円を大阪市に支出させた旨主張する。被告春山が、「銀」において飲食したことがあることは被告春山自身が認めるところであるが(被告本人)、被告春山が右期間内の何時「銀」において飲食したかは明らかではない。ところで甲第九号証、同第一〇〇号証の二によれば、夏川は検察官の取調に対して、夏川が昭和六二年度になって、被告春山に対し「銀」での飲食代金について、回しにくい請求書は私の方で処理させていただく旨述べて、被告春山から「銀」からの請求書と支出命令書を受け取って、公金から支払い、昭和六二年度では八〇万円位また昭和六三年度分についてもいくらか支払った旨述べたことが認められる。しかし、夏川が支払ったという「銀」への支払いが、何時の飲食代金であり、その額がいくらであったかについてはこれを特定することはできず、具体性を欠いており、右供述を裏付ける証拠もない。その上夏川自身当法廷において右供述内容の事実があったことを否認していることからすると、甲第九号証、同第一〇〇号証の二をもって原告主張の私的飲食代金について大阪市がこれを支払ったと認めることはできない。
(二) 次に原告らは、夏川は「荒木」と同様「銀」についても、約八〇万円を被告春山のために預けておいた旨主張し、甲第三六号証によれば、高島は夏川から渡された支出命令書に基づき「銀」に対し一三件合計一七二万六七二〇円の支出手続きをしたことが認められるが、右金額のうちのどの部分が被告春山の飲食代金の支払として支出手続をしたのかは明らかではない。また甲第一〇〇号証の二は原告らの右主張に沿うものではあるが、これを裏付ける「銀」の入金状況を示す帳簿などの証拠はなく、かえって夏川は当法廷及び甲一〇一号証、同第一〇八号証において、右預け金の存在を否定しているところであり、甲第一〇〇号証の二をもって原告らの主張を認めることはできない。したがって原告らのこの点に関する主張は理由がない。
4 「シルクロード」での飲食について
甲第七号証は夏川が「シルクロード」において飲食した状況についてまとめたものであるが、そこには夏川が飲食した際の同行者が記載されており、右記載によれば昭和六三年六月九日から平成元年一〇月一一日にかけて合計三六回「春山」の記載がある。ところで「春山」の記載のあるものの、同姓である「春山敏美」も実在し、夏川は同人とも「シルクロード」で飲食していたことがあることから(証人夏川)、「春山」の記載が直ちに被告春山を示すものということもできず、また同号証中の昭和六三年七月一九日欄には「春山」のほか同伴者女性とあるも夏川は女性と一緒に飲食したことはなく、夏川自身記載の間違いではないかと述べているところであり(証人夏川)、しかも平成元年七月五日、同月七日の「春山」の記載は同伴者が当時計画局調整部統計課市勢統計係佐納敬一となっていることから被告春山を示すものといえるが(証人夏川)、そのころ被告春山は海外旅行中であり(被告春山)「シルクロード」で飲食すること自体不可能である。そうすると右甲第七号証に記載されている同行者の記載は信憑性を欠くものであって、しかもその「春山」の記載が直ちに被告春山を指しているとはいえないので、原告ら主張のように被告春山に四一回の飲食の事実があったとは到底いえない。しかし、回数の点はともかく、被告春山は「シルクロード」において飲食したことがあり、その支払を被告春山はしていないのである(被告春山、証人夏川)。被告春山が、「シルクロード」で飲食する際には夏川あるいは他の大阪市職員と一緒であり(甲第六二号証、被告春山)、夏川と一緒に飲食するときは夏川が、他の職員と飲食するときは会合に招待を受けて出席することが多いことからそれらの者が支払をしており、被告春山自らは支払をしていないのである(被告春山)。ところで、夏川は、被告春山に対して、「シルクロード」の経営者楠木初恵の借金の保証を依頼し迷惑をかけた経緯があることから、夏川のいきつけの店である「シルクロード」の飲食代金を被告春山に負担させることをしなかったというのであり(証人夏川、被告春山)、右経緯から被告春山が飲食代金を負担しなかったとしても不自然とはいえない。そうすると被告春山がこれらの飲食代金の支払に関与していなくとも必ずしも不自然ではないといわざるを得ない。そうであれば、被告春山が支払に関与したことを認めるに足りる証拠はなく、仮に支払が大阪市によってなされたとしても、被告春山がこの事実を知っていたということもできない。
ところで、被告春山は、平成四年五月七日、大阪市に対し、「シルクロード」での飲食代金(いずれも夏川との飲食代金)について、昭和六三年七月七日分について三万〇六九〇円、平成元年三月三一日分について四万三六七〇円、同年四月二四日分について四万四九四〇円、同年四月二七日分について五万八二〇〇円を支払っているが(甲八四の2、5ないし7、八七)、右飲食代金はいずれも夏川と一緒の際のものであり、右認定のとおり夏川において飲食代金の支払手続がなされたものと推認されるところであり、右被告春山の支払は、自らの飲食代金が大阪市から支払われたことが判明したことから自己の負担分としてなされたものといえ、右支払の事実から被告春山が飲食当時、大阪市から支払がなされると知っていたということはできない。
以上のとおりであるから、原告らのこの点に関する主張は理由がない。
5 ところで、被告春山が「荒木」「銀」「シルクロード」で飲食したことは右のとおり認められるところである。他方被告春山の職務内容が前記のとおり市会議員や部外の人間との交渉を要するものであることからすると、これらの人たちとの意思の疎通や公の席では話しにくい事情について情報を交換する必要があり、被告春山も右クラブを利用し飲食を共にしていたものということができる。カラオケやホステスのいる「シルクロード」での飲食(証人夏川)や二次会等の付き合い(被告春山)が、右のような意思疎通や情報交換にとって必ずしも適切とはいえないが、酒席でそのような意思の疎通を図り、情報交換をすることが、容認されていた風潮もあったものと推測することができるところである。したがって、クラブにおいてかような職務を行うことは不健全であり、市民の信頼を損なう遺憾な風潮であることは否めないが、これをもって直ちに違法と評価することもできない。
二 私的なゴルフコンペ及びゴルフ場までの費用の公費負担について
原告らは、被告春山は秋村甲三が幹事を勤める私的なゴルフコンペに参加していたが、そのゴルフ場へのタクシー代やゴルフコンペの費用は公費から支出し、被告春山も公費から支出されることを熟知していた旨主張し、被告春山が秋村甲三が幹事を勤める私的なゴルフに参加し(被告春山)、ゴルフ場への支払は本件協会によって支払われたこと(証人秋村)が認められる。しかし、被告春山がゴルフコンペの費用が本件協会から支払われていることを知っていたことを認めるに足りる証拠はない。なお被告春山は秋村と飲食をともにし、ゴルフをするような交際をしていたが(証人秋村)、右のような交際があったことから、被告春山において、秋村がゴルフコンペの費用を本件協会に支払わせていると知っていたと認めることはできない。またゴルフ場へのタクシー代金を本件協会に支払わせていたことを認めるに足りる証拠はない。
よって原告の主張は理由がない。
三 不正な経理操作について
大阪市職員共済組合において原告ら主張の如く虚偽の出張名目による出張費や虚偽の資料代をプールしたことを認めるに足りる証拠はない。なお大阪市職員互助組合において原告主張の如く野球内野指定席券の払い戻しを受けた際、その一部を保管し、また健康保険組合において家庭常備薬を組合員に斡旋するにあたり、納入業者からの提示価格に一〇円未満の端数があるときにこれを一〇円に切り上げた価格を組合員に対する斡旋価格とし、その剰余金を保管していたことは当事者間に争いがないが、右保管金が右組合の経費に使用されずに不正に経理処理されたと認めるに足りる証拠はない。
四 以上のとおりであるから、被告春山に原告らが主張にかかる職務違反行為がなされたとは認められず、その余について判断するまでもなく原告らの請求はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官下村浩藏 裁判官遠山廣直 裁判官植村京子)